住宅専門紙「新建ハウジング」の発行人(社長)が、
住宅ビジネスのヒント・トピックをつづります。


2014年03月28日

心を動かし続ける

満足度.PNG


心が動かないとスルー、もしくはコスパで選ぶ、という消費傾向が指摘されて久しいですが、本当にそう思います。
その視点で住宅産業でいうと、まだやりようがあるのは「完成まで」と「完成後」でどう心を動かすか。言い換えると、心を「動かし続ける」か。

完成前については、情報収集・学びの段階からつくり手も関わり参加型とし、完成までの参加プロセスを楽しんでもらい、完成前の満足度を高める(こうしたプロセスを僕は「ワークショップ型家づくり」と呼んでいます)。

完成後についても、暮らしのサポートをすると同時に、お手入れ・DIYといった「家いじり」さらには「普請道楽」を趣味にしてもらう一方、プロとしてのアフターの責任はきちんと果たすといった「家守り」で完成後の満足度を高める。

家づくり(リノベ)は顧客にとって最も高額な支出なのに、購入前と購入後の満足度が低い。「心を動かし続ける」しくみと姿勢で総合的な満足度はぐっと高まると思います。

ただし、モノ自体=家自体が良くないと話にならない。逆に、この空間すてき、住んでみたい、ここであれしたいという圧倒的な魅力が家にないと心は動かない。最近コト流行りですが、やはり地力、とくに設計の力が大事で、そこを高めることが満足度においても差別化においても一番大きいと思っています。
posted by miura at 16:56| 住宅ビジネスのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月26日

住宅を殺すのは誰だ

久しぶりにブログを再開しました。思うところあってです。古い記事は5年以上前なので、ちょっとあれだというのもありますし、なんだずっと同じ事言ってて成長していないな、というものも多いですが、いくつか今でも読めるものがありましたので、気が向いたときに再掲していきます。以下は2011年2月の記事です。

建築について考えることは、たんにできあがった建物を考察することではない。
つられた後、どのように使われ、どのように生きているのかを考えることだ。

これは僕がこの仕事を続ける中で出会ったバイブルの一冊「住み家殺人事件」(著者・松山巖)の一節です。小池一三さんの連載原稿で触れられていたので、久しぶりに読もうと思い、出張のお伴に持ってきました。


つくられた後、どのように使われ、生きているのかを考える。


この視点は、建築雑誌に載っているような家がいい家なのかなあ、とすっきりしない思いを抱いていた当時の僕にひとつの視点を与えてくれました。だからこそ「家守り」という連載者の野辺公一さんの言葉もすうっと腑に落ちてきたのだと思います。

建物は日々使われることによって維持される。もしも使われなければ廃墟となり、崩れてしまう。
それは「単なる物体と化す。
だから建築とは単なる物ではなく、長いあいだに日々の手入れを欠かさなかった建物のことだ。
現在も残された古い建物は、日々の清掃、補修、あるいは改修などをおこたることがなかったからこそ生き延びたのである。
建物はいくら丈夫な物とはいえ、乱暴に扱えば破損し、使えなくなる。


著者はこう綴ったうえで、「建築技術の進歩は、他点所のの寿命を一年でも二年でも延ばすことを可能にしたはずなのに、建物が物理的な寿命をまっとうせず「死」を迎えることが多いのはなぜか、住宅を殺すのは誰だ、と提起します。

「物を大事に扱え」「物を粗末にするな」という、この言葉を忘れてしまうのは大人の方だ。まるで子供のころに禁止された遊びを大人になって楽しむかのように、巨大な建物でさえ壊し、捨てつづけている」

こうした著者の言葉は、ストック型社会を迎えようとする今こそ読まれるべきではないか。読み返してみてそう強く感じました。



住み家殺人事件−建築論ノート [単行本] / 松山 巌 (著); みすず書房 (刊)




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2011年11月14日

2012年の住宅市場・住宅業界はどうなる?

2011年11月22日に、リビルド×新建ハウジング共催で、セミナー「ネクストビルダーズフォーラム2011>2012」を開催します。

テーマは「2012年という年をどう読むか」。基調講演は、MSJグループ代表で住宅市場・住宅業界分析の第一人者・鵜澤泰功氏と僕が担当します。

僕は生活者の価値観変化と住宅ニーズの変化を中心に、2012年に向けて考えるべきことを解説したいと思っています。有償セミナーですが、来年の戦略を考えるにはぴったりの時期ですので、ぜひごご参加ください(残席わずかとなっています)。


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posted by miura at 18:28| 住宅ビジネスのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月11日

12月13日、14日に鹿児島・シンケン視察ツアーを開催します

 
シンケンツアー1.jpg


 
 新建ハウジングは創刊して15年以上になりますが、初めての視察ツアーを2011年12月13日、14日に開催します。
 
 見に行くのは鹿児島のシンケンさん。「日本一の工務店」とも評されるシンケンの家と経営を、ぜひ体感してください。
 1日目はシンケンさんの家をバスでまわり、交流会。2日目は、迫英徳社長(+シンケンスタッフ)の講演会+質問会。そして僕のシンケン解説、という内容です。
 
 詳細、申し込みはこちらから。ご参加をお待ちしています。


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2011年03月18日

善の感染・増幅を〜がんばろうニッポン、立ち上がろう住宅業界、やってやろう建築人

まず被災された皆さまにお見舞い申し上げます。

突然失われたたくさんの命、そのご冥福を心からお祈りします。

そしてご家族の皆さま・ご友人の皆さまにお悔やみ申し上げます。


多くの命が失われました。

多くの人が家族を、住まいを、財産を、平安な暮らしを失いました。

そしてその悲しみを感じる間もなくサバイバルを強いられています。

その数33万人。さらに損壊した住宅は6万棟を超え、その家族の暮らしも損なわれています。


この人たちに何ができるか。一人の建築人として、そして住宅業界として、姿勢が、行動が問われています。

ただ、難しく考える必要はないと思っています。できることを、自分のペースでやればいい。
 
被災地を思いながらも楽しく過ごし(そして消費を通して経済を支え)、大震災の教訓を生かしてよりよい家をつくる。

これも被災しなかったつくり手ができる貢献です。

いま自分にできる貢献を考え、しっかり生きていきたいと思います。


被災された方からすると、していない者の勝手の物言いに聞こえるかもしれませんが、今回の大震災をきっかけに日本人、そしてニッポンが再び力をみなぎらせ、輝きを放ち始めるのではないか、そんな予感と希望を感じています。

たしかに被災地の現状と復興の現実は厳しく、原発危機も私たちの心に暗い影を落としています。経済の先行きも見えません。

でも、危機的状況のなかで分かってきたことがあります。

それは、失われた20年の間で忘れられたと思われた日本人の特質―利他の精神、忍耐と礼節、つながり・コミュニティの重視、勇気と調和などが、きちんと残っていたということです。

いや、ネットという触媒によって進化したと言えるかもしれません。

このことを身近で何気ない機会に、そしてメディアやネットを通じて、多くの人が大震災後に感じているのではないでしょうか。

そのなかで、がんばろう、立ち上がろう、やってやろう―そんな勇気を多くの人が持ち始めているように見えますし、それは必ず「感染」していくはずです。

日本人が失わなかった大切なもの、そして勇気の感染がニッポンの再建を支える。そんな予感と希望を感じているのです。


さらに勝手な物言いを許していただければ、日本は苦境からの再建の過程で力を蓄え、輝きを増してきました。

たとえば幕末、たとえば戦後。

今回の再建を通して、よりよい社会が、新しいシステムが見えてくるように思いますし、よりよい住まいを、コミュニティと町を、みんなで生みだしていければと思います。


ネット上の動画共有サイトですでに100万人以上が再生し「勇気づけられた」とネットで評判になっている動画があります。

地震発生から3日目に救助されたおじいさんが笑顔でTV局のインタビューに答えます。

「大丈夫です。チリ津波も体験してますから、大丈夫です。また再建しましょう!」


がんばろうニッポン。

立ち上がろう住宅業界。

やってやろう建築人。


みんなで再建しましょう。


三浦祐成(新建ハウジング編集長)





※昨日3月17日に入稿した新建ハウジングの3月20日号に載せた一文です。入稿前の明け方に書いたこんな雑感的な、そしてベタな文章を載せるべきか、また厳しい被災地の状況のなかでここまで楽観・ポジティブな文章でいいのか、(一瞬)悩みましたが、載せることにしました。

誰かが言ったように、人には「我欲」「利己」の部分があり、特に自身が当事者になると、パニックに陥ると、それが強く出てきます。買占めや過剰在庫なんかもそうなのでしょう。すべて「善」でてきている人は、僕も含めていないと思います。これは仕方がないと思っています。

その部分をえぐりだしさらけだすこともメディアや物書きの仕事なのでしょうが、僕の性に会いませんし、そんなスキルもありません。僕にできるのは、楽観的にポジティブに、無邪気にノーテンキに、人の「善」の部分を信じ、その感染を信じ、感染をうながしていくことです。

そして僕は、日本が少し冷静になったとき、この「善」の部分が再建を支えると思っています。そして日本人はその「善」の部分を失っていない。それは上の文章に書いたとおりです。

「もしドラ」が、「サンデル教授」が、昨年多くの人に読まれ、「善」について考える機会となった。そしてツイッターやフェイスブックという「善」の感染を促すプラットフォーム(=ソーシャルメディア)が日本でも普及した。すごいタイミングだと思っていますし、「善」の感染・増幅に貢献しているはずです。

新建ハウジングも、そんな「善」の感染・増幅に貢献できる住宅メディアでありたいと思っています。


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2011年03月11日

改めて「知りながら害をなすな」

サッシの性能不足問題、やはり大手全社、約3万棟にまで広がりました。

協会を通すという認定手法の是非、さらにはそもそもの防火規制の在り方まで議論すべきだと思いますが、ここではこんな事件がおきたときにいつも思い出すドラッカーの「知りながら害をなすな」という言葉を改めて記したいと思います。

「知りながら害をなすな」

プロフェッショナルの責任は、すでに2500年前、ギリシャの名医ヒポクラテスの誓いのなかにはっきり表現されている―「知りながら害をなすな」。(中略)

プロの倫理の基本、すなわち公的倫理の基本が、「知りながら害をなすな」である。

たとえば、自らの企業が社会に与えた影響について、業界で不評を買うとの理由から、適切な解決策を検討せず、実行もしないマネジメントは、知りながら害をなしていることになる。知りながらガン細胞の増殖を助長している。

すでに述べているように、そのようなマネジメントは愚かというべきである。

なぜならば、そのような態度は、結局のところ、一時の気まずさなどよりもはるかに、自らの企業や産業を傷つけることになるからである。

それだけではない。そのような態度は、プロの倫理にはなはだしく反している。
[マネジメント]

「真摯さ」の基本はここにある、ともドラッカーは説いています。


業界の利益と生活者の利益が相反するときは、生活者の利益を優先する。きれいごとのようですが、そうなのだと思います。

ドラッカーも指摘しているとおり、「知りながら害をなす」状況を続けていればいるほど、発覚した際にかえって大きなダメージを負うことになります。企業の不祥事や最近の政治を見ていてもそのとおりになっています。


逆に、生活者の利益と相反している業界の常識を覆していくことは、大変ではありますが、ビジネス的には大きなチャンスがあります。いまはそんな「よりよい社会」を目指す企業が「応援される」時代で、以前よりもこのチャンスを生かしやすくなっていると感じます。


以前書いた記事も貼っておきます。
うしろめたい仕事はしない
posted by miura at 10:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 住宅ビジネスのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月07日

新しい住宅のスタンダード、「型」の可能性

新しい住宅のスタンダード。

ここに可能性を見ています。というか、今それが必要だと思っています。

家の設計、つくりようはもちろん、売り方、守り方。新しい「型」(かた)をつくることはできる、つくるべきときと思っているのです。


それは奇抜な家や奇抜な売り方である必要はない、というかあるべきではない。今の家づくりや売り方の歪みや無理・無駄・無茶な部分を強制し、生活者がすうっと受け入れることができる、いいなと思える、そんな上質でシンプルで合理的な「型」が必要だと思います。


僕のイメージを、えいやで言ってしまうと、米国に近いかもしれません。

米国ではお金にゆとりがある人か建築好きな人だけが新築注文住宅を選び、残りの人は分譲住宅か中古住宅を選ぶ。

こちらはいくつかの様式はあれスタンダード化されているので、誰でもどれかを受け入れることができ、それゆえ市場流通性もある。

スタンダード化されていても、空間を改修やDIYで自分好みにする、家具やインテリアを自分好みにすることで、自分らしく楽しく豊かに住まうことができる。

工法もツーバイフォーで標準化されているので、建築コスト・維持コストが安く済み、分譲という売り方とあいまって低価格で提供できる。


もちろん日本で全部そのままというのは無理にしても、もうこうした「合理的」な住宅のあり方を目指すべきときではないかな、と思っているのです。

そして今の若い層は(啓発・教育さえすれば)こんなあり方を受け入れるのではないか。(モデルや仲間が見つかれば)家に手を加え、自分なりに楽しく住み暮らすのではないか。

最近の若年層の企画住宅や分譲住宅、中古住宅、そしてホームセンターなどに対する反応を見ていると、業界が変われば市場は意外と抵抗なく変わるんじゃないか、そんな予感がしてきます。
posted by miura at 07:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 住宅ビジネスのヒント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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