2010年05月05日

光り輝く瞬間を逃すな

僕がスタッフにアドバイスできることは、具体的な案件の具体的な内容を除けば一つだけ、「自分を解放すればいいんじゃない?」というものです。

僕もそうかもしれませんが、どうも「エコモード」のスイッチを入れている人が多いように見えます。

そこには個人的な理由もあるでしょうし、がむしゃらにやるのはどうもなあ(恥ずかしい)とか、どうせ評価されないしとかの思いもあるでしょう。でも、自分(の力)を解放する「許し」を与えられていないことが大きいように見えるのです。


エコモードに入るということは、期待値のハードルを省エネルギーでクリアしてそつなくやる、ということです。それはそれで成熟社会の生き方なのかもしれませんが、それでは多くのチャンスを逃してしまう気がします。

また、そのときが来たら高く飛べると思っていても、エコモードが長く続いていると、その時が来てもとっさにエネルギーを噴射できなくなっている可能性もある。


自分を解放するということは、エコモードを終了し、持っている力を存分に発揮して期待値を上回ることをなす「限界突破」モードに入る、ということです。

全員とは言いませんが、多くのスタッフや生徒(特に女性)は、リーダーや教師からの、限界突破モードに入る許し(きっかけ)を待っているような気がしますし、それがリーダーの役割の一つだと思います。


今日読んだ「20歳のときに知っておきたかったこと―スタンフォード大学集中講義」(ティナ・シーリグ)にも同じようなことが「光り輝くチャンスを逃すな」という言葉で解説されていました。

光り輝くということは、及第点に満足せず、自分の行動とその結果の責任は、最終的に自分にあることを自覚することです。人生にリハーサルはありません。ベストを尽くすチャンスは一度しかないのです。
これは個人の話だけでなく、企業の話でもあると思っています。

(この本は社会人としての基本姿勢を「事例」「たとえ話」「名言」「演習解説」を通して分かりやすく説く良書です。勝間本などの自己啓発本で触れられている普遍的な内容がほとんどなのですが、僕には勝間本よりすうっと入ってきました。若い住宅人はもちろん、次世代経営者にもおすすめです)

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義

  • 作者: ティナ・シーリグ
  • 出版社/メーカー: 阪急コミュニケーションズ
  • 発売日: 2010/03/10
  • メディア: 単行本


posted by miura at 23:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月29日

EPISODE(エピソード)

EPISODE(エピソード)といういっぷう変わった季刊誌があります。僕も「仕掛け人」と一緒にほんの少し創刊のお手伝いをし、また小文を書いています。

編集人は、敬愛する工務店経営者の迫英徳さん(鹿児島・シンケン代表取締役)、この仕事の前から何冊か著書を読んでいた評論家の芹澤俊介さん、新建ハウジングでも連載いただいている野辺公一さんです。
[編集人のプロフィール]

この季刊誌のコンセプトは編集人たちが語っています。
[編集人からのメッセージ]

僕が理解している裏コンセプトは「商業主義に負けている雑誌の枠組みから抜け出すモデルを実現することで、どこまでメッセージと想いをエピソードという形態で発信できるか」です。

これからさらなる成長の余地はあると思いますが、他にないコンテンツが揃いつつあるように思います。

僕自身は、今回の創刊と小文の執筆に際してはいい勉強をさせてもらいました。

このほど発刊された最新号vol.2のコンテンツは以下のとおりです。

【Vol.2 目次】

002「出発」

009「いのちが心を溶かす」
児童擁護施設の風景 その二
菅原哲男
1939年秋田県雄勝郡羽後町生まれ。1985年児童養護施設「光の子どもの家」を設立。 
現在、同施設のスーパーヴァイザー。著者に『家族の再生』(言厳社)などがある。

013「人が老いるということ」
老夫婦
村瀬孝生
1964年生まれ。福岡県飯塚市出身。「第2宅老所よりあい」所長。
著者に『おしっこの放物線』(雲母書房)『ぼけてもいいよ』(西日本新聞社)

017「気と心」
言葉と気
根本幸夫
薬学博士。漢方平和堂薬局店主、横浜薬科大学客員教授。
著者に『実用東洋医学』(池田書店)『やさしくわかる東洋医学』(かんき出版)ほか多数。

020「掌編小説」
花泥棒
木村紅美
兵庫県生まれ。2006年『風化する女』(文藝春秋)で第102回文学界新人賞受賞。
著者に『島の夜』(角川書店)『イギリス海岸』(メディアファクトリー)
『花束』(朝日新聞出版)がある。

022「宗教のエロスとタナトス」  
お布施
武田定光
1954年、東京都生まれ。大谷大学文学部博士課程修了。真宗大谷派・因速寺住職。 
著者に『新しい親鸞』『歎異抄の深淵−師訓篇』『歎異抄の深淵−異議篇』(共に雲母書房)がある。

024「現代住み方の記」
いい間取り
三浦祐成
1972年、京都府生まれ。住宅業界向けの専門誌「新建ハウジング」の編集長。  
つくり手・住まい手への取材活動を13年間続ける。
大阪府生まれ。服飾デザイナー。「リフォーム」ということばをつくり、独自の分野を拓く。
著者に「からだをいたわる服づくり』(未来社)など多数。

026「わが内なる土のこえ」
サブタイトル
山口泰弘

028 時評「メメント・モリ(死をおもえ!)」
臓器移植法改正Aにふれて
米沢慧
1942年、島根県生まれ。評論家。早稲田大学教育学部卒業。 
著者に「ホスピスという力」(日本医療企画)『病院化社会をいきる』(雲母書房)など多数。

029 コラム「本の心象風景」
シーラという子 虐待されたある少女の物語
箱崎幸恵
東京都出身。子ども虐待防止のオレンジリボンネットの編集・管理人。監訳書に「リンダの祈り」(集英社)、著者に『生きづらさから自由になる 気持ちのキセキ』(明石書店)がある。

030 コラム「音と暮らす日々」
武内亨
1962年生まれ。音楽家。チェッカーズのリーダーとしてデビュー。
解散後もブレることなく、音楽家としての道をひたすら突き進む。

031 コラム「カラダに支配されている」
未病姫

032 「産業医として生きる」
休職期間満了
柴田英治
1955年生まれ。愛知県出身。愛知県医科大学教授。専門は、産業保健。
共著に「建設労働者の職業病」(文理閣)「中小企業の安全衛生を創る」
(労働調査会)など。

034「暮らすことと着ること」
着ることの履歴書
森南海子
大阪府生まれ。服飾デザイナー。「リフォーム」ということばをつくり、独自の分野を拓く。
著書に、『からだをいたわる服作り』(未来社)など多数。

038「今はむかし」
夏空の竜
仲倉眉子
1942年、山梨県生まれ。日本美術史の研究から絵本作りに転身。
以後、絵本・童話・エッセイなどを作ったり教えたりして今に至る。

040「絶句」
今秀己
1937年生まれ。東京都出身。角川書店入社後、編集部に配属。
文壇関係を主に担当して約20年。その後、総合誌『短歌』『俳句』の編集長を経て退社。

042「帰りみち」
松村康貴
1970年生まれ。東京都生まれ。詩人。本誌編集者。

043「つれづれ九州」
どことも知れない地への憧れ 
村田喜代子
1945年、福岡県北九州市生まれ。小説家。87年に「鍋の中」で第97回芥川賞。
最新刊に「あなたと共に逝きましょう」(朝日新聞社)がある。

046 「悠悠と綿綿と」
「価値観の共有」から始まる住まい造り
迫英徳
1950年生まれ。家をつくることを仕事にしたいと、基礎・屋根・建具・大工・現場監理・営業など、
さまざま職種を現場の実践を通して経験。1977年にシンケンを設立。施主にコンセプトを明快に
提案する「迫メソッド」により「シンケンスタイル」を確率。現在までに1,000棟を超える
家づくりの現場に直接かかわり、実践を重ねている。

048「センチメンタル通信」
自立篇
野辺公一
1950年群馬県生まれ。住宅評論家。株式会社オプコード研究所所長。
著者に『不思議の国の住まい』(彰国社)監修に『地震に強い家づくり』(雲母書房)など多数。

052「生きることと死ぬこと」 
スーザン・ソンタグ
芹沢俊介
1942年、東京都生まれ。評論家。上智大学経済学部卒業。著者に『引きこもるという情熱』
(雲母書房)『もう一度親子になりたい』(主婦の友社)など多数。

056「いい家といい暮らし」
編集部

061「鯨とピアノ。」
塩地博文
「あたり前の家」ネットワーク事務局長



エピソード Vol.2

エピソード Vol.2

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 雲母書房
  • 発売日: 2009/09
  • メディア: 単行本



posted by miura at 10:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月27日

リーダーは半歩前を歩け

姜尚中さんの新刊は「リーダーは半歩先を歩け」。熱烈に支持しているわけでもないのに何となく新刊が出ると買ってしまう書き手の一人です。おそらく同じような読者が少ないことと、ここ数年の新書の新刊はとく「わかりやすく伝える」ことに注力していること、そしてタイトルが上手いことが、最近筆者本がとても売れている一因のように思います。

今回のタイトル「リーダーは半歩先を歩け」もとても上手いと思います。筆者がリーダーシップ論について考えるいちばんのきっかけとなったのは金大中氏との出会いとのこと。実現した金大中氏との対談で一番印象に残った言葉が「私は民衆の半歩先を歩く」で、「現代という難しい時代にふさわしいリーダーシップは、これではないかと、たいへん感心した」とあります。

僕も編集者として、そしてリーダーとして「半歩前」というこの言葉はとても腑に落ちますし、実際企画のタイトルなどでよく使っています。

筆者は「半歩前を歩く」リーダーシップ・リーダーについて、「人びとの状況に応じて、世の中の“文脈”に即して、柔軟に対応していくリーダーシップ」、「周囲とわずかに前後しながら、人びとを引っ張っていくようなリーダー」と書いています。


経営者にとっても読みどころがたくさんある本書ですが、「CEO型は、もうやめる。ビジネス界はやや“先祖がえり”」というパートにあった以下の文章が、日頃から考え書いていることと方向性が同じで共感できましたので抜粋しておきます。

もはや金銭的なモチベーションでは、彼を勇気づけることはできません。「株価が上がったら、君たちのふところも潤うんだよ、退職金も増えるから、将来も安泰だよ」などとは、もう言えません。経営者は、これまでのような金融工学的なマネーゲームでは、企業活動の意味を語れなくなったのです。
こうした風潮にともなって、いま、アメリカのビジネススクールなどでは従来型に代わるテーゼを見つけようと必死になっている気配が見え(中略)こう言いはじめたことだけは確かです。
「なぜ、何のために働くのかという意味づけを、社員にきちんと示せないリーダーは失格である」と。
 たとえば、「いま、ここでこうやって作っている製品が、十年後の豊かな森林を作るのですよ」とか(中略)、そのようなビジョンを、フォロワーが納得できるかたちで示せなければならないのです。

筆者は「そこにはある種の古典的な趣もあって、勤労というものの原点を問う動き」と書いていますが、古典・原点は普遍であり、「何のために働くのか」という普遍的な問いに答えることがリーダーの役割なのだと思います(ドラッカー先生もいつもそのことを説いています)。


リーダーは半歩前を歩け (集英社新書)

リーダーは半歩前を歩け (集英社新書)

  • 作者: 姜尚中
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2009/09/17
  • メディア: 新書



posted by miura at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月09日

らくに生きている人間は何を考えているのか「自分の中に毒を持て」岡本太郎

きついな、と思うことが最近多いのですが、たまたま手に取った岡本太郎の本(自分の中に毒を持て:青春文庫)にこんな一節がありました。なるほどと思ったので抜粋してみます。

人間は自分をきつい状況に追い込んだときに、初めて意志の強弱が出てくる。

この点を実に多くの人がカン違いをしている。たとえば、画家にしても才能があるから絵を描いているんだろうとか、情熱があるから行動できるんだとか人はいうが、そうじゃない。

逆だ。何かをやろうと決意するから意志もエネルギーもふき出してくる。

何も行動しないでいては意志なんてものありゃしない。

自信はない、でもとにかくやってみようと決意する。その一瞬一瞬に賭けて、ひたすらやってみる。それだけでいいんだ。また、それしかないんだ。

意志を強くする方法なんてありはしない。そんな余計なことを考えるより、ほんとうに今やりたいことに、全身全霊をぶつけて集中することだ。

ひたすらそれを貫いてみる。はたからみれば、あの人は何という意志の強い人なんだろうということになる。
正直、岡本太郎の文章を読んだのは初めてですが、晩年のバラエティーに出ていた印象しかなかったので、その文章の強さ、その根底にあるアイデンティティの強さに驚き、ちょっと感動しました。

文章はこう続きます。
あっちを見たりこっちを見たりして、まわりに気を使いながら、カッコよくイージーに生きようとすると、人生を貫く芯がなくなる。そうじゃなく、これをやったらだめになるんじゃないかということ、まったく自信がなくてもいい、なければなおのこと、死にもの狂いでとにかくぶつかっていけば、情熱や意志がわき起こってくる。
これは僕が最近なんとなく考えていたことに近くて共感できました。でもこれができる人は少ない、というかほとんどいない。やっぱり怖いんですね。嫌われたり、失敗することが。

この一節は「うまくいくとか、いかないとか、そんなことはどうでもいいんだ、結果とは関係ない。めげるような人は、自分の運命を真剣に賭けなかったからだ。自分の運命を賭ければ必ず意志がわいてくる。もし、意志がわいてこなければ運命に対する真剣味が足りない証拠だ」と結ばれます。耳が痛いです。ですが、芯のある男を目指したいと思ってはいます。
posted by miura at 03:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月02日

昭和初期にも悪質業者がいた[荻窪風土記・井伏鱒二]

「山椒魚」などで知られる井伏鱒二の「荻窪風土記」を読んでいたら、井伏の初めての家普請の話が出てきました。

昭和2年、まだ駆け出しだった井伏は荻窪(東京都杉並区)に土地を借り、兄から普請費用を調達して家づくりを始めます。

ただ、家づくりのことを何も知らない井伏は、作家の集まりで顔見知りになった「東堂君」に家づくりについて教えてもらいます。東堂君の説明によれば、当時の家づくりの相場とお金の払い方は、こんな感じだそうです。

借家普請なら坪45円から50円の間で建てられる。この場合、材料はアメリカ材である。坪70円なら総檜とは言えないまでも、すべて日本産の材木で、天井は柾、屋根は三州瓦にして門もつけ、生け垣もカナメかツゲの木にしてくれる。

建築費は全体の三分の一を、水盛り遣形のときに請負師に払う。それから瓦を載せて、粗壁を塗り土間を張って三分の一、建築が出来あがって三分の一というのが、この辺りの建築業者間の通例になっている。
この頃から坪単価でグレードが明確化されていたというのが面白いです。個人的には現在の坪単価はわかりにくいと思っていますが、この頃のこの辺りでは細かな間取りや仕様の違いで坪単価が変わることはなかったようで、それはそれでわかりやすかったのかもしれません。

ちなみにこの頃と現在の人件費の差は約5000倍だそうなので、単純計算すると、坪45円=22万8000円、坪75円=37万5000円。どうでしょうか。


井伏は、自分で簡単な図面をひき、東堂君の親爺さんが紹介してくれるという工に仕事を頼むことにします。

その引き合わせのときの様子もおかしくて、東堂君の親爺は井伏に盛んに酒をすすめながら、「今後はこの大工のことを棟梁と呼ぶように」と言い箔をつけます。その「棟梁」も酒をぐいぐいと飲み、ただお金の話のときだけ盃を返して「先生のお宅なら坪75円で請け負わせてほしい」と言います。駆け出しなのに先生と呼ばれ酒にも酔った井伏は、坪75円で建築を依頼し、建築費と図面を東堂君の親爺さんに渡して帰ります。

その後わたりの大工2人が来て作業小屋をつくり、そこに寝泊まりしながら作業を行うようになります。しかし建前が済んだあと、現場を見に行かない日が続いたとき、「棟梁」が道具をひとまとめにして撤収、その後現場に顔を見せなくなるのです。

その後大工に「棟梁」や東堂君の親爺さんのところに工事を続けるよう言いに行かせたりしますが、東堂君の親爺さんからはけんもほろろに追い返され、「棟梁」はつかまらず、知り合いの鳶に話を聞いたら、その「棟梁」はその辺りでは有名なばくち打ちのとんずら大工だとわかりって愕然とします。東堂君の親爺さんはそれを知って「請負師」として間に入り、井伏をまんまと「はめた」わけです。

改めて基礎や柱をみると、坪45円の借家普請レベル。自分の愚かさを呪いながら井伏は、高利貸しから金を借り、大工に直接手間を払って家を完成させます。結果、廊下はみしみしと鳴り、座って膝を強くゆするとドロンドロンと音がなるような、すさまじい欠陥住宅となりました。


今はどうかといえば、真摯に家づくりをするつくり手がいる一方で、この話とそうレベルが変わらない悪質業者もいまだにいます(最近もありましたね)。消費者保護のため法律は厳しくなるばかりですが、そうせずになんとかならないものかと、いつも思います。
posted by miura at 10:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月15日

ウェブ時代をゆく、雑感

web.jpgウェブ時代をゆく ─いかに働き、いかに学ぶか (ちくま新書 687)を読んだ。

ベストセラーになったウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる (ちくま新書)を著した梅田望夫氏の新刊だが、副題に「いかに働き、いかに学ぶか」とある通り、ウェブの最新事情とそこに潜むビジネスチャンスを解説するビジネス本ではなく、今後のウェブ時代を指し示したうえでそのなかでどう働き生き抜くかを提案する人生論とも言える内容となっている。

そう書くと、このブログを読んでくださっている皆さんは興味を失ってしまうかもしれないのだけれど、30代・40代の方には特にお薦めの1冊だ。僕自身は、これはまさに自分のための本だ、と感じた。インスパイアされたので新建ハウジングにも1、2本関連記事を書こうと思っている。ここでは、本書から引用をしながら雑感レベルで感じたことを書いてみたい。


著者は自分でも書いているが「楽天主義」(オプティミズム)を貫いている(僕自身「楽天主義」だ)。それに対するいろんな声もあるが、それを基本姿勢にすえているからこそ指し示せる世界がある。例えば仕事や働き方について、本書ではこんなビジョンを示している。
学歴より「いま何ができるか」が問われ、組織を出たり入ったりも自由、再挑戦はいつでも可能で、「個」が生き方を追求できる社会。プロスポーツ選手のように若いときに一生分稼ぐビジネス世界の可能性も開かれる一方、オープンソース的に参加できる職業コミュニティも増える。専門性や趣味の周囲でそれほど大きくないがお金が回り、そこそこ飯が食えるチャンスが広がり、社会貢献も個性に応じてできる。そういう新しい職業環境が大いに拡がっていくイメージを、未来のビジョンとして持ちたいのである。
こうしたビジョンを批判するのは簡単だ。だが、こういう世界にしたいか、と聞かれたら、僕は「したい」と答える。住宅業界に身をおく30代・40代はどうだろう。

どの業界でも同じだとは思うが、住宅業界のこの世代は強い閉塞感と大きな不安を抱えている。市場は成熟し、新築注文住宅についてはすでに縮小しつつある。「普通にやっていれば」しんどい未来しか待っていないので、独立するのにも腰が引ける。一方で、すでにこの年頃で経営責任を担っている人の多くは、現状に押まくられて極端な現実主義者になってしまっているように見える。

でも、このままじゃ人生つまんないな、とか、この業界をこういうふうにかえていけたらな、という気持ちは結構多くの人が奥底の方かもしれないけれど持っているのではないか。

いままでだったら、こうした気持ちを持っていても、実際に人生を変えたり業界を変えたりするのには大変なエネルギーが必要だった。でもいまはウェブがある。ひとつの条件さえ満たせば、できるんじゃないか、という気がしている。


そのひとつの条件は「家が好き」「家をベースに暮らしを提案するのが好き」といった「好き」ということではないか思っている(もちろん「家」にまつわるその周辺が好き、でもいいと思う。僕もそうだ)。

著者もこう書いている。
「オープンソースプロジェクトも、成功するものと失敗するものがあるよね。もちろんほとんどは失敗するよね。その差は何だと思う」と尋ねた。
「成功するかどうかは、人生をうずめている奴が一人いるかどうかですね」と彼は端的に答えた。たしかに、まつもとゆきひろもリーナス・トーバルズも(※注:オープンソースプロジェクトを成功に導いた人)も、「好き」に没頭して起こしたプロジェクトに「人生をうずめて」幸福な生活を送っている。ウェブ進化は、そういうまったく新しいタイプのリーダーを世界の在野から発掘し、その周囲に不思議なコミュニティを作り出し始めているのである。
「人生をうずめる」というのは面白い表現だが、住宅業界のリアルの世界を見ていても、好きでたまらなくてそうしている人の周りには人が集まっているし、成功の規模はともかく食えているし、幸福そうに見える。ウェブ進化を味方にすることで、住宅業界でも、もっとこうした生き方ができるのではないか。


特に工務店を含めた小さな組織であれば、もっと「好きなこと」に「人生をうずめる」ことができるはずで、実はそうすればするほど、幸福な人生に近づくのでは、と思っている。

新建ハウジングにもよく「理想の顧客」に「理想の家」を「理想的な方法」で届けよう、と書くが、たまにそれは難しいよ、きれい事だね、と言われたりする。だが、小さな会社の最大のメリットはその「きれい事」をまっとうできるところにありはしないか。

著者はこう書いている。
会社は「好きなこと」を「やりたいように続けていく」ための枠組みであって、それ以上でもそれ以下でもない。「こうすれば成長できるかもしれない機会」という可能性はスモールビジネス・オーナーにとってそれほど重要な要素ではないのである。


ただ、中途半端な「好き」では、確かに難しいし、きれい事で終わってしまい、周りや顧客を巻き込むことはできない。
手探りで困難に立ち向かうマッドスルー(泥の中を通り抜ける)プロセス自体を、心から楽しんでいなければならない。「できるから」でなく「好きだから」でなくては長続きしない。だからこそ、対象をどれだけ愛せるか、どれだけ好きなのかという「好きということのすさまじさ」の度合いが競争力の源泉となる。

長くなったので続きは追って書こうと思う。


posted by miura at 09:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月12日

IKEA超巨大小売企業、成功の秘訣

3.20VR.JPGIKEA超巨大小売業、成功の秘訣を読んだ。

キャッチフレーズは「世界一企業が編み出す”儲けの秘密”をすべて明かす」。北欧デザイン、徹底したローコスト経営、卓越したオペレーション―世界のインテリアを変えていくIKEAの実態を奔放初公開。


労作であり、IKEAをビジネスの観点で知りたければこの1冊で大半をカバーできる。

目次は以下の通り。

第一部 IKEAの軌跡
1 商売が好きだった
2 17歳の社長
3 カタログ販売の成功とフラットバック
4 鉄のカーテンの向こう側で
5 キャッシュ・アンド・キャリーの原則
6 徹底した節税
7 ヨーロッパ各国への進出
8 財団法人が支配する会社
9 事業拡大と新コンセプト
10 超巨大小売業へ
11 巨大市場、中国への進出
12 資本主義の伝道者
13 三人の息子たちへ

第2部 IKEA成功の秘訣
1 価格
2 スタイル
3 スウェーデンカラー
4 DIY
5 カタログ
6 ホットドッグ
7 田舎
8 カリスマ
9 ”安い国”の徹底利用
10 節税
11 危機管理


第1部はIKEAの軌跡を創業者の生い立ちから描いている。第二部はIKEAのビジネスモデルの研究。せっかちの人は第2部から読んでもいいかもしれないが、軌跡を知ったうえでモデルを研究すると、なるほど、と思うはずだ。


帯に「カリスマ創業者による経営の鉄則」が紹介されている。面白いので以下に抜粋してみる。苛烈だが、住宅産業の経営者にも参考となりそうだ。

・儲けすぎるということはありえない
・株式公開はしない
・税金は最小限に抑える
・コストは限界まで下げ、品質との最適バランスを探る
・借金はなるべくしない
・従業員は働く喜びを持て。仕事以外には関心を持つな。会社を離れた趣味を持つな
・常に”別の路線”をとれ
・フレキシブルな生産体制を敷く
・消費者を工場の一部にしてしまえ
・コスト高でスタイリッシュな家具なんて意味がない。安価でいいデザインを考えろ
・メーカーとは徹底的に交渉しろ


読みどころは満載だが、個人的に興味を持ったのは以下。

イケアはただの家具店ではない。ここはライフスタイルを学ぶ場所でもある。自社の宣伝ラベルに、「あなたにライフスタイルを提供する」などと宣伝文句を貼り付けている企業がよくあるが、イケアはこんな企業とはレベルが違う。「ただ住んでいるだけ?それとももうちゃんと生活している?」イケアがドイツで流したコマーシャルフレーズの一節である。
まずは、北欧デザインをインテリアに提案した、ということがひとつ。大げさに言えば、IKEAの登場で世界の家具インテリアスタイルは大きく変わった。

もうひとつは、イケアの登場によって、家具一式を丸ごと買い、一生使うという欧州で一般的だった固定観念が変化し、「チェンジングルーム・ジェネレーション」を生み出したこと。「チェンジングルーム・ジェネレーション」というのは、2年に一度程度トレンディーなローコスト家具―つまりIKEAの家具で模様替えすることをいうらしいが、その文化をもたらしたということだ。確かにこれはライフスタイルに大きな影響を与えたと言えるだろう。

もちろんこのことにこのことに関する批判は山のようにあって、本書にもそれが紹介されている。「多くの人にとって家具というものが、簡単に交換できる流行廃りものになってしまったのはイケアのせいだ」とか。実際、IKEAの家具はデザインとコストに主眼が置かれ、品質も一般的なコストパフォーマンスを超えるレベルではあるが、一定期間しっかり使えればいいという割り切りでつくられているという。

だが、インテリアを気軽に、自分たち自身で、安く楽しめるようになったのは、価格破壊を進めたIKEAのおかげであり、その影響は日本にも及び始めている。

個人的には、一生モノのいい家具を長く大事に使うことを否定しない。だがそれは家具を見る眼が培われてからでもいいと思っている(そしてこの部分には建築家・工務店のサポートの余地があるとも思っている)。

一番もったいないなあ、と思うのは、家づくりやリフォームにお金をかけすぎてインテリアに回す余裕がなく、ホームセンターの格安家具で間に合わせている姿だ(あと、家のスタイルに合わない婚礼家具を使っているのもしんどそうだ)。せめてIKEAレベルを、と思うし、IKEAでインテリアを楽しんでいるうちに、もっといい家具が欲しくなってくるはずだ。そんなときに一生モノのいい家具を、少しずつでも揃えていけばいいのではないか。


IKEAに関心のある住宅人には一読をお勧めしたい。


posted by miura at 14:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月10日

住めば住むほど得する住宅

cover070314.jpgニューズウィーク日本版の特集「住めば住むほど得する住宅」が面白かった。まだ販売中なので、ここで内容は詳しく書かないが、リードは「数十年でタダ同然になる日本とは逆に、欧米の家は古いほど高く売れる。30年後も快適に暮らせて資産価値も保てる住宅の条件とは」。エコハウスに関する言及もある。「偽装だけじゃない耐震問題の根深さ」というコーナーも読ませる。


新建ハウジングでも随分前から住宅の財産価値やその担保価値に融資をつけるモーゲージローンの可能性について取り上げてきた。だが、今回の記事のように海外の事例を実際に取材して、日本の状況と対比したことはない。また特集のタイトルも「住めば住むほど得する住宅」と気がきいている。小耳に挟んだところ、数カ月もの間取材に動いていたよう。ニューズウィークは読むたびに編集者として考えさせられる。


住宅人に読んで欲しい特集であるし、コピーしてお客さんに渡すのもいいんじゃないかと思った。
posted by miura at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月12日

団塊世代と社会起業家

sino.JPGいわゆる団塊世代から+5歳ぐらいの人たちと話していると、まだまだ働く気まんまん、余裕を身ににまといながらも、若いもんにはまだ負けないよという自信を眉のあたりに漂わせている人も少なくない。

僕はこういう人たちが嫌いではない。そして実際かなわないな、と思う。彼・彼女たちには時間も経験も、そして概してお金もある。僕ら(僕と言ってもいい)には時間も経験も、そして概してお金もない。情熱や体力は負けないぞ、と思っても、現状に疲弊し擦り切れている若年世代はこれらでもかなわないかもしれない。

まあ情けない話だがそこはとりあえず置いておいて、意欲のある団塊世代の人の知見や人脈に助けてもらう、といったことが必要だと思っていて、住宅産業でも退職した方がどんどんコンサルタントなどとして起業したり、顧問として別の会社に入ったりすればいいな、と思っている。このことは以前のエントリでも書いた。

もうひとつ、社会起業家というのはどうか、と思っている。横文字でいうと「ソーシャル・アントレプレナー」で、わかりやすく言えば「社会問題を起業家精神で解決する人」。「ソーシャルベンチャー」といった言い方もされる。3、4年前に話題になったが、個人的にはドラッカーに親しんでいたのでこういった生き方もありだなあ、と考えていたりもした。で、勝手な物言いだが、団塊世代の皆さんに社会起業家を目指してみるのはどうか、もしくは若い社会起業家のサポーター(実務・資金両面)となっていただくのはどうか、と思っている。


先日、未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家という本を読んだ。すでに有名な企業も載っていたが、中国の「シノフォレスト」という「森の再生ビジネス」を手掛ける会社は、中国で、という点で興味深かった。

モデルは単純だ。5年ほどで成長するユーカリなどを植林し、丸太や板材として販売する。その伐採量は植林した量の5分の1までとし、持続的な経営を目指す。奥地まで伐採したり輸入したりするよりもコストが安く済むため、2割安で販売できるという。

やるな、と思ったのは事業の立ち上げの話だ。
まず、中国政府から2万ヘクタールの土地を50年契約で借り受け、地代として年間生産量の30%を国に納めることになった。(中略)
世界じゅうの林業を手がけるカナダの投資銀行に対し、中国市場の今後の可能性を示しながら説得を試みる。こうして、彼は500万ユーロの融資を獲得、トロント第二の市場に上場する。
このバイタリティはすごい。

現在は60万ヘクタールの「森」を経営し、2004年の売上高は2億5000万ユーロ、純益は3200万ユーロを超えている(1ユーロ=約150円)。木材加工場ももち、合板やおがくずの製造も行っているという。この本では、創業経営者のアレン・チャンのこんな言葉が紹介されている。「地球環境を破壊しなくてもお金を稼ぐことはできるのさ」。

「思い」だけで企業して成功するのは難しい。特にベンチャーの場合は資金や人脈、メンター、そして企業としての「システム」が不可欠となる。そこを団塊世代の皆さんがカバーできるのではないか、と考えている。

(写真はシノフォレストのホームページ

posted by miura at 13:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月03日

若者はなぜ3年で辞めるのか

4334033709.01._AA240_SCLZZZZZZZ_V40026401_最近読んだ本。

若者はなぜ3年で辞めるのか? 年功序列が奪う日本の未来

ああ会社つまんねえ、希望がねえ、と感じている「若者」がこの本を手にとっているのか。それとも経営サイドが「若者対策」として読んでいるのか。内容がどうこうというよりは、この本がベストセラーになっている日本の現状が興味深い。

内容の中心は、年功序列制度を中心とする「昭和的価値観」の功罪解説と、それによって実に3人に1人が入社3年で辞めているという「若者」の実情紹介で、「若者」―特に大企業や行政などで働く人にとっては何かしら感じるところはあるはずだ。個人的には、就職3年前後の若者よりもむしろ、今後の社内キャリアに悩む一方で、転職の上限年齢にも差し掛かっている団塊ジュニア前後世代に特に響く本だと思った。

例えば、大手の子会社となったIT系企業の若手が、親会社から送り込まれた経営陣の人件費が全体の7割を占める現状に対して、「彼ら(親会社から来た経営陣)を食わせるために、僕の人生があるわけじゃないですから」と不満をもらすくだりとか。


この本ではこうした若者がもつ「閉塞感」については丁寧に解説しているのだが、結論らしい結論がない。「考え、アクションを起こそう」という若者へのメッセージがあえていえばそうだ。だが、確かにそうしか書きようがなかったのだと思う。

僕もギリで若者に入るのかもしれないが、周りの同世代を見ても仕事に対する考え方や価値観は多様で、年功序列をはじめとする昭和的価値観にどっぷりつかっている人もいれば、そんな価値観に反発してレールから降り起業した人もいる。仕事はほどほど、でも趣味と副業で楽しそう、という人もいる。どれが正解とは言えない。だが、閉塞感とストレスでのたうちまわるぐらいなら、結論はどうあれ、考え、アクションを起こし、すっきりした方がいい、という点はまったく賛成だ。

一方で、こうした多様化の中で何千人・何万人というマスの単位で雇用していかなければいけない大企業は大変だろうなと思う。確かに人事制度がある意味企業の持続的成長のカギを握るのだろう。

で、個人的に興味があるのは、こうした仕事に対する考え方や価値観が多様化してきた中での地方中小企業の可能性だ。この本ではここにはほとんど触れていない。大企業を3年で辞める若者の中には、中小企業に就職する人も少なくないだろう。中小企業が若者の真の受け皿となるのか。基本的にはスモールビジネスである住宅産業が若者の力を生かすことができれば、また違う展開が見えてくるのではないか。読んでそんなことを思った。

あと蛇足ながら、経営陣が読んでもそれほど参考にはならないだろう。経営陣向けの人事コンサルが筆者の本業のようだが、それは別の本(日本型「成果主義」の可能性)で解説してるそう。


第1章 若者はなぜ3年で辞めるのか?

第2章 やる気を失った30代社員たち

第3章 若者にツケを回す国

第4章 年功序列の光と影

第5章 日本人はなぜ年功序列を好むのか?

第6章 「働く理由」を取り戻す


●印象に残ったセンテンス
「もっと日本中のいろんな企業で積極的にインターンを受け入れれば、新卒の離職率は下がると思いますよ。わがままな人でも、楽しい仕事なんてあるわけないってわかるわけだから。社会人としていちばん必要な素質は忍耐なんです」

世の中には、決して高賃金でなくても、立派に社会貢献できる尊い仕事や自分を自由に表現できる創作的な仕事も多い。
要するに、その仕事に携わる本人がどれだけ満足感を得られるかだ。たとえ生涯賃金が三割ぐらい目減りしたとしても、やりがいのある仕事を定年まで安定して続けられるなら、それも一つの立派な選択肢だろう。

年功序列制度は、組織の方針を信頼し、将来を託すという意味で、一種の宗教に似ていなくもない。写経を続けていればいずれ極楽へいことができると信じられているからこそ、人は写経をするのだ。出口のない牢獄の奥で毎日数字を書きなぞっていれば、心身に変調をきたしても無理ない気がする。

企業のなかでレールに乗って順調に先に進めるか、それとも完全にキャリアパスが止まってしまうのか。それがはっきりとわかる年齢は、おおかたの企業において30代だ。
これが企業内で30代が壊れていく最大の理由だろう。プレッシャーというよりは、閉塞感というほうが正しい。
posted by miura at 12:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 読んだ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする