住宅専門紙「新建ハウジング」の発行人(社長)が、
住宅ビジネスのヒント・トピックをつづります。


2009年05月18日

ブログをもっとメディアとして活用する

先週は出張していました。

僕は純粋な取材での出張もあるのですが、多くは企画や連載の打ち合わせでお伺いします。

出張にはもうひとつ大きな目的があります。編集者の仕事の一つは、失礼な言い方になるかもですが、見る人が見れば光り輝いている「原石」の人を探して歩くことです。それにはやはり出歩くしかありません。

最近はブログを皆書くようになって、そんな仕事も楽になったと言われることもありますが、そうではありません。

確かにブログは「誰でもメディア」で誰でも、特定の範囲に影響力を持てるようになり、とくに検索によって興味をもっている人を引き寄せることが可能です。

ただ、そのことを知っているがゆえに、ブログでは違う顔を露出している方も少なくありません。

たとえば工務店さんの場合、住まい手向けにブログを書いているのでその内容は柔らかいものなのだけれど、工務店経営者としては先端の取り組みをされていることもあります。そのことをブログだけで読みとることは容易ではありません。

だからこそ、出歩いて、人が集まるところで輝きを放っている人、お会いして少しほぐれてきて初めて自ら光を放ち始める人を探す必要があるのです。


逆に言えば、ブログをメディアとして活用しつくすことは、工務店でもまだまだできるような気がしています。最近工務店さんもブログに慣れてきた故に、ブログがパターン化・ルーチン化してしまい、その可能性を放棄しているように思う時があります。

そこで、新建ハウジングでも、このブログでも、もっとメディアとしてブログを書く方法を書いていく予定です。
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2009年05月11日

男版「おひとりさま」が増えたら

最近知り合いを見て感じるのは、「おひとりさま」は女性だけじゃないな、ということです。男のおひとりさま=生涯結婚しない人、バツイチ・配偶者と死別したけど再婚しない人がこれからどんどん増えそうな予感があります。

そのことについて良い悪い、それが増える背景はここでは書きませんが、住宅をはじめとする市場への影響について書いてみます。

まず、雑感レベルでデータの裏付けはこれからですが、親と同居する独身男性が増えるように思います。以前は、とにかく親元を出たくて大学に入学したとき、社会人になったときなどを機に貸家を借りることが多かった。でも、経済的な問題や「草食」化(親ともうまくやっていける可能性が高い)によって独立せず、親との同居を続ける人が増える。こんな仮説が成り立てば、貸家の需要にも影響を与えるでしょう(もう出ているかもしれません)。

こうした独身男性が結婚しないまま、親との同居を続けるとどうなるか。親は心配しながらも、(出生率とかを考えなければ)喜ぶかもしれない。そのなかで、まったくの「パラサイト」ではなく一定以上の収入を得て家にもそれなりのお金を入れ、残りは自分の趣味や貯金に回す独身男性も増えそう。その層のインテリア需要、さらにはリフォーム需要なども気になります。男のおひとりさま=引きこもりとされがちですが、そうでない「おうち大好き」系独身男性が増えるのではないかと思っているのです。


ただ、独身男性の老後は、ちょっと想像がつきません。仲間と住む、ということ(=コーポラティブハウスとか)もあまりなさそう。やはりその家でひっそりと、でもそれなりに楽しく、自分の時間を過ごすのでしょうか。もしくは、庵的な小さな家を建てたり借りたりするのでしょうか。


いずれにしても、結婚を含めたライフスタイルは一層多様化しそうで、それに即して住宅需要ももっと多様化し、そこにニッチだけどチャンスが生まれるのだと思います。
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2009年04月27日

深みのある単純さ、ルーツを背骨としてもつこと

最近少し考えていることです。整理できていませんが、雑感として書いておきたいと思います。


ひとつは、「深みのある単純」、というのが一番難しいけど、ものづくりのひとつのゴールなのではないか、ということです(もちろんいろんなゴールがあっていいと思います)。

毎月、取材の場で、そして自分たちの媒体の編集で、そして仕事の一環として見る住宅雑誌で、たくさんの家を見ます。そのなかで僕が「いい家」だなあと感じるのは「深みのある単純」がある家です。単純なように見えて、性能を含めた見えないところも実はとて丁寧に考えられていて、単なるシンプルさではなく何かの感情を引き起こすような家です。

ぱっと眼を引く格好よさ、おしゃれさも否定はしませんが、長く愛着をもって住んでもらう、住み継がれていくということを考えると、どうかな、やっぱり「深みのある単純」かな、と思います。


もうひとつは、ルーツを背骨に持つことの大事さ、ということです。天才というのはそんなにいなくて、脈々と受け継がれてきた先人たちの知恵や様式を受け取って自分なりに昇華し、そのなかでわずかばかりの自分らしさが出ればいい、ということなような気がします。

ただ、時代のあだ花のような才はたまにあって、ルーツがよくわからないすごいオリジナリティというのもあるにはあります。ですが、それが天才と称されるのは、やはり後世になって時代の評価を受けてフォロワーが出てきたあとののように思います。

僕は音楽が好きなのですが、自分の好きなミュージシャンをルーツにしてそのスタイルをフォローするのはいいとして、その自分が好きなミュージシャンが好きだった音楽を知らない、つまりルーツをさかのぼっていないんだろうなという感じがするミュージシャンは、すうっと消えていっているような気もします。

表層の流行を追っているだけで先人たちの知恵や様式を基本として背骨に持っていなければ、スタンダードとして愛され続けるものはつくれないのではないかな、ということです。


僕も継続して学び続けたいと思います。
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2009年03月03日

OB顧客を「えこひいき」する

OB顧客の離脱率が高いことは、どんなビジネスにおいても致命傷になります。もちろん工務店にとっても同様ですが、新建ハウジングが行った独自調査の結果でも、いまや工務店よりもハウスメーカーも方がアフターケアを徹底し、OB顧客の離脱を防いでいます。

その意味では、いったん接点が切れてしまったOB顧客でも、アンケートを行うなり、訪問をするなりして、全顧客に一度連絡をすべきでしょう。そのうえで接点が切れてしまうなら、もしくはトラブルになるなら、それはそれで仕方がない。ただ、誠実に仕事をしてきたなら、トラブルになるケースは多くないと思います。

いったん接点が復活した後もOB顧客とは継続的にツールなどを使って接点を維持するのはもちろんのこと、その後自社のファンになってくれたOB顧客、自社の活動に協力的なOB顧客=応援団には、とくに密に対応すべきだと考えています。

つまりは「えこひいき」でもいいじゃないか、ということです。日本ではとくに「えこひいき」=悪というイメージがありますが、「2:8の法則」はやはりあるように思いますし、2割の優良顧客に気持ちとお金を優先的に使うことの成果は大きいと考えます。

先日懇親会で同席した勉強熱心で実際事業も絶好調を続ける工務店の社長さんが同じようなことをやりたいとおっしゃっていて、さすが、と思いました。
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2009年02月27日

本当の差別化とは

最近、「差別化」について、足し算ではなく引き算だ、ということを痛感しています(「差別化」という言葉自体もあれですが)。

売れそうな、利益率の高そうな工法や資材、または集客方法を足し算で積み上げていく差別化はもう限界だし、時代に合わないように思います。

もう一度自社を見つめなおし、一番大事なもの以外、本質的な価値以外の部分を引き算してそぎ落としていく。その残った大事な部分がより浮き彫りになって消費者によく見えるようになる。これが本当の差別化だと思っています。その本質の部分が理念とそこから実務に落としていく部分だと思います。


そんなことを書いたり言っていたりしたら、昨日買ってもらって早速読んだマンガ「へうげもの(ひょうげもの)」の中にも同じようなことを言っているフレーズがあり、おお、と思いました。

主人公の古田織部が新作の器を師匠である(あった)千利休に見せたときに利休が言ったひとことです。

あなたは世に何を広めたいのですか?
創ったものにて何をなさろうとしておりますか?
それがわからずば・・・
創造する意味などなく・・・
人の心を打つことはないでしょう・・・
己を見つめなおしなされ
見つめて・・・
削いで・・・
最後に残ったものこそ・・・
古織好みとして真のわび数寄が扉を開きましょう


「古織好みのわび数寄」という部分を読み替えれば、メディアを含めたものづくりをしているすべての人に当てはまるメッセージだ、といえば大げさでしょうか。
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2008年12月26日

「だからの言い訳」より「ならの対策」を

2009年は、何を語るにしても「不況」ということを抜きには語れないと思います。いつまで、続くか、どれぐらいの深さになるか、予想もできません(それでも無理やり「大予測本」では予想しましたが)。

ただ、不況を理由に逃げていてもしょうがありません。「不況だから」「お客が少ないから」「財布の紐が固いから」といった「だからの言い訳」を積み上げっていっても、何も解決しない。

いま考え、実践すべきは「不況ならどうする」「お客が少ないならどうする」「財布の紐が固いならどうする」といった「ならの対策」です。

動く分には(それほど)損はしないはずです。言い訳ばかり考えて動かない損の方が大きい。10個やって1個当たればいい、朝令昼改でもいい。不況時の対策は、とにかくやることだ、と思っています(ただし、とにかく新しいことはせず、首をすくめて、波が過ぎるのを待つ、とった戦略も、ゆとりのある会社なら、ありといえばありです)。
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2008年12月18日

モノ売りの限界

昔、人としていびつなところがある、と言われたことがありますが、そのときも、まあそうだな、と思いましたし、最近もそれを痛感することが何度かありました。でこぼこが個性だとも言えますが、もう少しならさなくては、と思います。


企業経営においてもでこぼこがあってもよくて、選択と集中とはそういうことだと思いますが、選択を間違ったり、選択はあっていてもその方法を間違っていると成果はあがりません。

その意味で元ファンとしてもったいない、と思うのがソニーで、最近の不振の一因としてい挙げられるブルーレイなどはとくにそう思います。

ブルーレイは技術としてはいいと思いますし、店頭で見るときれいです。ただ、いまのテレビ番組でこの性能を生かして美しく録画して繰り返し見たいような番組は、僕はありません。通常のDVDで十分です。ビデオカメラで撮った画像を、というニーズもあるでしょうが、ブルーレイじゃなければ絶対だめ、という人はどれだけいるのでしょうか。

モノとコトということがよく言われ、僕も書いたり言ったりしますが、ソニーのブルーレイはモノ売りで、ブルーレイだからこんなに楽しい、こんな新しい世界が、というコト売りがまだ足りないように見えます。


住宅産業もまだまだモノ売りが大半で、ブルーレイのような性能・品質・機能はすごいけれど、それがどのような楽しさやメリットをもたらすかがよくわらない資材や住宅も少なくありません。

こういったハイエンド商品のモノ売りを続けていると、イノベーションのジレンマが起き、性能・品質・機能はそこそこだけど十分満足できるレベルで格段にコストメリットがある商品が登場、一気にシェアを奪うことが多い。

住宅でもすでに一部で起きていますし、家電などでもまた起きそうだな、と考えています。
posted by miura at 02:21| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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