住宅専門紙「新建ハウジング」の発行人(社長)が、
住宅ビジネスのヒント・トピックをつづります。


2010年10月13日

豊かだと信じていたことが、実は貧しい

最近の若い生活者の話を聞くと、本当に振り子だなあ、と感じることが多いです。失礼ながらバブルを謳歌されていた40・50代と間逆の感性。見事に「シンプル」化しています。

たとえば、ある30代の女性は、仕事で知り合った女性に家庭菜園学校に誘われたのがきっかけで、それまで興味もなかった農に目覚め、合宿に参加したり、家でミニ菜園を育てるようになったと言います。


昔、糸井重里さんが「ほぼ日」(たしか)で「豊かだと信じていたことが、実は貧しい」ということは結構ある、といったことを書かれていて、それは結構前の話なのだけどずばり今の現状を言い当てていて、なるほどさすが、と思いました。


「豊かだと信じていたことが実は貧しい」というのは住まいとか暮らしにも当てはまると思っています。別に家は大きくなくてもいいし、華美でなくてもいい。豪華な設備がついていなくてもいい。僕はそう思っていますし、そう潜在的に思っている若い生活者も少なくないと思います(もちろん全員ではありません。一部ではセレブ志向が復活しているそうですし)。

彼ら・彼女たちの潜在的な「暮らしの欲求」としては、「日々の暮らしを丁寧に、そして楽しく豊かに」というのが結構ある。ただ、まだ潜在している部分も多い。何かのきっかけでそこが顕在化して、「これ楽しい」とか「これ続けたい」となる。

そのきっかけとなるのは、冒頭の事例のように、やはり人やコミュニティで、実はつくり手がオーナー(OB)を見せる意味はここにもあります。

家そのものよりも、その家でオーナーがどう丁寧に、楽しく豊かに暮らしているかを見せたほうが、潜在していた「暮らしの欲求」が顕在化し、結果としてその器である家とそのつくり手にも共感していく。そう思っています。


逆に言えば、まだまだ自分にとっての豊かさ・楽しさ=幸せを模索している人も多い。つくり手が、オーナーとのつながりを通じて、間接的にでもその提案ができればいいな、と思います。


posted by miura at 10:25| Comment(0) | TrackBack(0) | マーケティング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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