住宅専門紙「新建ハウジング」の発行人(社長)が、
住宅ビジネスのヒント・トピックをつづります。


2010年01月18日

阪神・淡路大震災から15年、そして創刊15年

僕が編集責任をしている新建ハウジングは、阪神・淡路大震災の年に創刊しました。また僕自身もこの年に新卒で入社しました。つまり、これらから丸15年経ったことになります。

僕の入社後の初仕事はボランティアで神戸の町に入ることでした。神戸の町は再建に向けて動き出していましたが、昼間の活気と打って変わり夜は何とも言えない不安な空気が町を包んでいたことを思い出します。住民の皆さんは将来に向けていいようのない不安を持っておられ、それがにじみだしているのだと感じました。夜になると酒を飲んで騒ぐ若者グループの姿も見られました。

その後何度も神戸に入りましたが、震災によって人生が変わった人を何人も見てきました。いい方に変わった人もいますが、そうでない人も多い。そこには住宅の問題もからんでいます。

時の村山内閣は、住宅を私有財産ということで生活再建は自助努力としました。被災者向けの支援は最高350万円の災害援護資金などの融資制度しかなかったため、被災者はこれを使って住宅を直したり新築しました。約5万6000人が借りた災害援護資金は、2006年に返済期限が来ましたが、いまだに約1万4000件が返済中もしくは未返済とのこと。4万7000件利用があった業者むけ震災特別融資は、昨年末までに7000件近くが返済不能に陥っていると聞きます。

その後、被災者生活再建支援法が改正され、震災時には住宅本体の再建に300万円が支給されることになりましたが、阪神・淡路のときにどうにかならなかったのか、今さらですが思います。


僕はボランティアの後不動産情報誌の部署に配属され、3年間不動産屋さんに広告営業をしていました。最後は編集スタッフがどんどん辞めていったので、編集まで自分でやっていました。今より体力的には厳しかったですが、鍛えられ、いい経験になりました。

その後、新建ハウジング編集部に記者として配属されましたが、その後の十数年、自分は何をしてきたのか、この業界に、住まい手に何の貢献できたか、振り返ると心もとなく、ただ日々の締切を夢中で乗り越えてきただけではないのかと自問自答したりします。

15年という節目の年、社会人になって最初に目に飛び込んできた神戸の街並み、そこで身をもって感じた住宅が人の生活に与える影響の大きさを今一度胸に刻み、自分にできる貢献・役割、新建ハウジングでできる貢献・役割を果たしていきたいと思います。


posted by miura at 15:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 編集日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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